2011年02月12日

【物見遊山】偉人、聖徳太子が眠る『叡福寺』へ行ってみた


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聖徳太子のお札が姿を消して久しいですが、あの風格、存在感は忘れがたいものがありました。

さて大阪府、太子町にある『叡福寺』は聖徳太子墓を守護するために、推古天皇によって建立され、奈良時代に聖武天皇が大伽藍を整備したと伝えられています。
また、聖徳太子の母 、穴穂部間人(あなほべのはしひと)皇后が死去したのでこの墓に葬られ、更に推古30年(622年)には太子と妃の膳部大郎女(かしわべのおおいらつめ)とが同時期に亡くなり、この同じ墓に葬られたことにより、三骨一廟とよばれていいます。



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平安時代以後、聖徳太子信仰の霊場となり、空海や親鸞 、日蓮など多くの高僧も訪れる。戦国時代末期には織田信長の焼き討ちにより全焼、その後豊臣秀頼により聖霊殿が再建され、以後次第に再建整備がすすみました。

余談ですが、戦前にお札に使われていた肖像は、戦後、連合軍最高司令部(GHQ)の命令により使用を禁止されました。しかし、当時の一萬田(いちまだ)日銀総裁が「聖徳太子は『和を以って貴しと為す』と説いた平和主義者である」と主張したことが受け入れられ、聖徳太子だけは戦後もお札に登場することになりました。このため、「お札といえば聖徳太子」と言えるほど国民に親しまれることに。





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posted by sugizo at 10:10| Comment(2) | 物見遊山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
四半世紀ほど前、当時付き合っていた子から借りた「日出処の天子」という漫画で聖徳太子にハマりました。
以来、ずっと厩戸ファン&古代史オタクです。
以前は少々荒れた感じの叡福寺でしたが、数年前より隅々まで掃き清められた神聖な境内に生まれ変わって涙が出るほど感動しました。
一昨年でしたか、吉野行こうとしていてナビの調子が狂い
あり得ないルートを走ったことがあります。
四天王寺前から大聖勝軍寺前を通って、叡福寺に導かれたのです。
この辺り、近つ飛鳥博物館も含めて何とかすれば歴史公園っぽくなりそうなんですがねぇ。
Posted by 龍水 at 2011年02月12日 21:00
私も「日出処の天子」読みましたよ^^

そうですね。大阪は奈良や、京都に比べると歴史観光にあまり力を入れてないかもしれませんね。

史跡の多いこの地域にもう少しスポットが当たればと思います。
Posted by 杉田造園スタッフ at 2011年02月13日 09:57
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